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光の空想
人間は光になると思う。

光=電波=DATA、というふうに。


でも、全人類がそうなるのではないと思う。

一部だ。


その一部というのは端的に言って文明の先端部の層。

特権的市民層。


光になる特権的市民層と

光になれない貧困層。


もはや人種のような相違ではなくなって、

たとえばネアンデルタール人とクロマニヨン人との違い


光になった特権市民層は、

光になれない貧民層にはもはや

目視、認識することすら不可能かもしれない。


光になることは悪いこととは限らないと思う。

進歩だと思う。


人間は思考する生命であり、思考は物質的限界を超える。

光になるということは、限りなく物質的限界を超えることに近しいと思う。

そして、かつて宗教が追求した”解脱”がそこにあるかもしれない。


人間はそもそも光になることを志向しているとさえ思える。

光になった人類という栄光。


光になった人類の社会はユートピアというべきものかもしれない。

ユートピアのなかで人は豊かにくらす。


光になったのだから、それは物質的な豊かさではない。

精神的な豊かさ。

みんなが追い求めていた理想。


けれどユートピアは全人類が享受できるものではなく

その影にはそれを享受できない人たち。

(結局はどちらが幸福なのだろうか。)


かつて同種族であった特権市民層と貧民層は、

まったく別の種族となって分断する。


そのことを思うのは未来への恐れ、

もしくは感傷かもしれない。


現代人の大方が、過去より豊かに暮らしていると思うように、

未来人の大方は、現代人を憐れみすらするかもしれないと思う。

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